意思をこえて動きつづける力

‪2年前、スペース運営していた場所に行った。

みんなの記憶にまだあるだろうか、「参加」というあいまいな場所。

必死に未熟な理想を叶えようとして奔走した。

そんな態度に批判もあったし、実際に迷惑だけをかけてしまった人もいると思う。

あの時おせっかいだと思っていたことも、実は全く違う気持ちだったこともいまはわかる。

中身が追いつかない立派な箱になっていたことも恥ずかしくてたまらない。

でも2年たったいまそのときの未熟な態度が熟成していることを感じているし、それに伴って仲間も増えた。

あいまいなことをよしとすることに甘えていたところも見直して抽象的かつ明確なビジョンも得た。

加わることしかできなかった小さな力も加えていくことができるぐらいの力はついた。

これからはより大きく立派になった箱にどれだけの未知と理想をつめこんでいけるかということに尽力しないといけない。

夢みたいなことをあたりまえにすることがいまならできる。‬

自分だけが手にした現実が夢みたいだと笑われる世界がもう過去のものとなる。

もう少しの辛抱だ。

「あなた」のない国

「ボロボロの家」という言葉をGoogle検索にかけてみると、否定的な意見がズラッと出てくる。

肯定的かなと思った意見も、他のことの方が大事だから我慢しなさいというようなものばかり。

僕が家というものに固執しているのは資本主義の価値観が極めて影響しやすいものだからかもしれない。

日本のDIY感にちょっとズレを感じていたのもたぶんこの辺で、僕が感じていたDIYの魅力は自分の美意識に準じていちからつくりあげることができることだった。

僕はなぜか簡素で素朴でみすぼらしいものが好きだ。

古い軽トラを手にしたことも、その荷台につくっている小屋がちゃんとしていないのも、僕がいいと思ってやっている。

しかし日本でいわれている普通のDIYはみすぼらしいものを安価で資本主義的な価値観に沿ったきれいなものに取り繕う、というような印象を受ける。

そんなのなんにもおもしろくない。

個人がつくるという喜びも美しさもなんにもない。

自分だけに必要なことを見つけだすことはどうしてもこんなに難しいことになってしまったのだろう。

共感するひとたちの弱さ

よくわからないものをそのままにひきうける。

ようやくそんな重苦しいことが終わって、やっとこれからはよくわからないものに自らの態度を示すことができる。

と思っていたけど、まだまだここはそんなことには興味がないようで、よくわかることにしか興味を示さない。もしくは自分がわかるように都合よく解釈するというレベルにあるようだ。

それはまだいい。

そんなことはどこかで少し諦めているし、これから私たちつくるひとが変えていけばいいと思っているから。

ただ私たちがそちらに寄り添ってしまった場合の真実が壊れていくさまは見ていられない。

共感を得たいと思ってしまったときにそのひとの本当のことは壊れてしまってもう二度と取り返しがつかない。

つくるひとはつたえるひとだ。

そしてまだ私たちは真実を伝えられる権利があるし、自由がある。

なのになぜまだこんな悲しいことが平気で行われてしまうんだろう。

生きているうちに少しでも本当のことの価値が大切にされる時代になるようにやらなくてはいけないことがたくさんある。

 

魂の行方、場所の寿命

ぼくが死んだら魂がばらばらになってそのうちのひとつはここに行くのかもしれないと思う場所がいくつかある。

今日そう思える場所がひとつなくなってしまったと知らされた。

そこは7年ほど通っている喫茶店だ。

カウンター席の一番端っこ、小さい窓から外が眺められる席が大好きで、うすい扉をひとつ挟んでいるだけなのに外とは違う世界にいるような気分になれた。

 

なんとなく、ほんとうになんとなくだけど、ぼくは死んでもここに戻ってこられるような気がしていた。

死んでもここで外を眺めながらタバコを吸って、コーヒーをすするんだと鮮明にイメージできるような場所だった。

そんな場所もぼくの寿命がつきる前になくなってしまった。

考えてみれば当たり前で、大抵は場所よりも人の寿命の方が長い。

でもなくなることなんてまったく考えてなかった。

あんな美しい場所が、この世とあの世の間にあるような場所がなくなるなんて。

ぼくはたしかにあの場所に魂を置いてきた。

その魂はどこへいってしまったんだろう。

場所といっしょになくなってしまったのだろうか。

信じたくはないけど、いま感じている喪失感はぼくの魂のひとかけの居場所が失われてしまったからだと直感している。

ほんとうにいい場所には何人もの魂の置き場所になる。

ぼくの寿命がつきるまでにいったいいくつあんな場所を見つけられるだろう。

 

 

日常があふれるとき

日常、生活と呼ばれるものはとらえどころなくだらだらと流れていってしまう。

そのままにしておくとたまらなく不安な気持ちになるので絵を描いたり、こうして文字に起こしてみる。

それでも本当に生きるということそのものはとらえきれず、感じることも難しい。

ごくたまに、それらすべての感覚が体の中に入り込んでくる瞬間がある。

去年わたしは大学院への進学を機に引越しをしてシェアハウス暮らしになり、軽自動車も手に入れた。

わたしの人生においてこんなに環境が一変した一年はない。

しかしそれをうまく感じることができずに過ごしてきた。

頭ではわかっているのに実感がない。

 

ある夜、二時間ほどの運転を経てへとへとに疲れ、もうすぐ家に着くというときに突然、今まで感じられなかったことすべてが一気になだれ込んできた。

そのときの疲れ、夜の暗闇、真冬の寒気、タバコのにおい、どれが引き金になったかはわからない。

それらすべてのせいなのかもしれない。

わたしの体の中は感情、感覚、今までの時間でいっぱいになり、涙という形であふれだした。

こんな瞬間が本当にごくたまにある。

それはいつもひとりっきりの、心地よい孤独のなかにいるときだ。

 

 

排他的であることを思い出すこと

「分かり合えないことを前提に他者を受け入れる」ことが若者のスローガンのようになっていっているように感じる。

この言葉は世界的なつながりが一般的になりつつもそれでも分かり合えない他者を受け入れるために自然発生し、僕らの生活のレベルまで浸透した。

しかし、この言葉のもたらす最終的な目的はだいぶズレてきている。

まず分かり合えないことを分かったフリをしてしまうことがあげられる。

すぐに理解できるはずもないことを安易に認めてしまったり、面白がったりしてしまっていないだろうか。

そもそも分かり合えないことをそのまま認めてそこで終わりなのだったら最初からコミュニケーションをとる意味がよくわからない。

僕たちはいつでも、分かり合えないけれどそれでも付き合っていって、なんとか見つけ出した互いの共通言語をきっかけにそれぞれが持つ知恵を交換して文化を発展させてきた。

いま現在、前述したスローガンのもとに行われているコミュニケーションは虚しいすれ違いにみえる。

それは世界的にも、僕たちの生活のレベルにも。

時代は変わってもコミュニケーションの本質は共通点の発見で、異物を飲み込むのはその後の話だ。

その後の飲み込む、吐き出すの選択のために、まずは一旦受け入れることが、本来の目的だったように思えてならない。





くるま

知り合いからくるまをもらってから一ヶ月ほどたった。

もらったくるまは僕と同い年の年式であちこち痛んでボロボロの軽トラック。

オンボロでしかもマニュアル車ということもあって試運転を何度も重ねてやっと家の近くまで乗ってくることができた。

しかしその翌朝エンジンがかからなくなり、保険会社に連絡してレッカー車を呼んでもらった。

レッカー車がくるまでの二時間ほど、あほみたいに晴れた空の下ぼーっと過ごした。

昨日あんなに軽快に動いていたのがうそみたいに動かない。

その事実が受け入れられない、というかあまり現実感がなかった。

レッカーされて行く様を僕は他人事のように見ていた。

その様はもうくるまのかたちをしたおもちゃのようだった。

二週間ほどの修理がおわり、つい先日かえってきてからはまた快調にエンジン音をならし、ガタガタゆれながら走っている。

運転しているとたまにあのレッカーされていく無様な姿を思い出す。

横を通りぎていくかっこいいくるまたちも、僕のこっけいなくるまも同じくるまなんだと思うと妙な気分になり笑えてくる。