やすむこと

わたしはほんとうにやすむこととはどういうことだろうと考えてきた。

朝起きて、夜眠る。

このサイクルの中のやすみはいったいどこにあるんだろう。

やすみといえば睡眠が思い浮かぶ人も多いだろう。

しかしわたしはまったくそう思えなかった。

睡眠は無意識下の出来事でコントロールができない。

いくら寝てもからだがやすまらないときもある。

やすむことは起きているときにできることだ。

からだをはっきりとした意識のもとにはたらかせることだ。

逆にやすめないこととはどういうことだろう。

それはなにものかに縛られてからだがこわばっていること状態だ。

なんどこの状態を終わらせようとしても自分の力ではどうにもならない。

からだだけやすめても縛られたものとのズレがおおきくなって負担がかかり、かえってやすむことからは遠ざかる。

 

なにかを整えているときわたしはやすむことができるのかもしれない。

しかもいま必要な整理をしているとき。

では必要な整理とはどのようなときにおこるのか。

たとえばなにかをおしまいにするときには整理することが必要となる。

お店をたたむとき、人と別れるとき、話を切り上げるとき。

いらないものを捨てたり、人にあげたり、ばらばらなものをひとつにまとめたり。

この運動をしていると、いまのわたしというものが浮きあがってくる。

これはいる、いらないというようなひとつひとつのものへの態度を選択することがそうさせてくれる。

そして最後はわたしのからだがぽつんと環境から切り離される。

しかし全てが簡単に断ち切れたり、切り上げられることだけではない。

そういうときにそれらをすこし誰かに預けたり、棚上げにすることができる。

わたしひとりが世界のなにともつながりを持たずたっていることはたぶん不可能だろう。

そういうときにすこしだけわたしではないだれかにわたしをすこし預けておくということができるようになれば、長い1日を終わらせてあげることができるかもしれない。

手間のはなし

アートにしろ建築にしろ、飽和した物質世界の中でどういう態度をとるかという問題意識を感じる。

まっさらな土地に新しいものを組み立てていくことは今ではほとんどないように思う。

既存の、古くなったもの、いらなくなったものにたいして入りこんで新しい価値を与える。

または歴史の再発見をする。

そうしたことが各地で頻発している。

そこでは、先にあるものへの態度というものが求められる。

干渉する、そのままにしておく、やり方はたくさんあるだろう。

なんらかの手間をかけなくてはその空間にいることが許されない。

その手間のかけ方が、よくない方法で行われている場合が多いような気がしている。

それはせっかくの豊かな土のある土手をコンクリートでびっしり舗装してしまうような手間のかけ方だ。

たしかにそこへは侵入することができるし、たいへんな手間ではあるから、満足したような気持ちになるだろう。

しかしこれでは、その先になにも育たない。

また荒れることすらない、循環の起こらない土地を増やしているだけにすぎない。

手間をかけたその先に手間のかからないことなどあるはずがない。

いま求められているのは、ゆっくりとそこに侵入していくようなことだ。

土地を知り、耕し、種をまくような。

そしてそこに手を入れ続けること。

時間を共に過ごしているという意識。

そんな手間のかけ方が理想的だ。


古いものを呼び起こすような、掘り起こすような最近の動向は、私には永遠に封印しているようにみえる。

自分勝手な介錯を塗り込めてしまったところにはもうなにも芽吹かないことだろう。



はだかのいえ

住宅街を歩きながら、よその家の写真をとりつづけていて最近ようやく気づいたことがある。

主に三角屋根の平屋が好きでよく目がいくが、家の周りには必ず塀や生垣や門がある。

今まで特に気にならなかったのはそういった家の周辺の構造物も好きだったからだ。

しかし最近になって、なんの障害のない家のかたちが見たいと思うようになった。

からだだけのはだかのいえ。

わたしの主な活動範囲である都市部ではなかなかそんな家は見つからない。

この間植物園にいったときに多くの聞きなれない鳥の声を聞いた。

姿は見えないが鳴き声や羽音は騒がしいほど聞こえた。

鳥の多くは木に巣をつくる。

木の上のように高いところは外敵も少なく、幹を覆う葉は風や雨から鳥を守るからだ。

木は鳥にとっての家だということを、姿を見せない鳥が思い出させてくれた。

話を戻すと、毎日のように見たいと思っていたはだかのいえをわたしは毎日のように見て、家と同じかそれ以上の頻度でカメラに収めていたということに気づいた。

その気づきからわたしのなかで木と家はよりいっそう近しい存在になりはじめた。

しかし、家を見るように木を見て、木を見るように家を見ると、家が土地のなかに建ち、庭や塀を持っていることが前よりも気になりだした。

内的空間をつくるための壁や屋根をなぜもう一層かくさなくてはならないのだろう。

倒木

白山にある小石川植物園にいった。

ここの正式名称は東京大学大学院理学系研究科附属植物園という。

東京大学の実習施設でありながら、普段は植物園として一般に開放されている。

いくつかのエリアに分かれて様々な植生が観察できるところは普通の植物園と変わらないのだが、ここの印象は植物園というよりは庭、あるいは森だった。

植物たちが窮屈なところに押し込められている印象は全くなく、むしろ管理されることで生き生きとしているように見えた。

決められたルートも特になく、道とされているところも奥に進めば進むほど枯葉や土に覆われて境界があいまいになる。

ところどころに立っている看板に落ちてくる枝への注意をうながされる。

これはもう管理できないほどの大木があることを示しているんだろう。

実際地面には大きな枝がたくさん落ちているし、ときどき、どこかで枝の折れる音がする。

奥に進んでいくと少し開けた場所にでた。

そこにひとつの倒木があった、

太くて立派な木なのだけど、2〜3mぐらいのところで裂けてしまったようだ。

木は生きているのか死んでしまったのかわたしには判別できなかったが、残った方も、倒れてしまった方もそのままの状態で残してあるようだ。

その倒木を近くでよく見てみると幹にも、周りの地面にもキノコがたくさん生えていた。

雨で湿った幹が、水をたくさん蓄えるようで、周囲の土のやわらかさも他のところよりすこしやわらかい気がする。

どうしてこの木が倒れてしまったかはわからないが、倒木は倒木としてそこに秩序をあたえていてあるようで、その一帯の風景はこの植物園でいちばんおだやかにみえた。

ひかり

ひかりには二種類ある。

ひとつは太陽から届くひかり、もうひとつは人が作るひかり。

太陽からひかりが届いている時間を昼といい、人が作るひかりが活躍するのが夜だ。

ひかりを作り出してからひとは暗くなってからも活動できるようになった。

夜の世界でのひかりはひとの安心そのものだ。

街灯がおおい場所は人通りがおおいだろうし、ひかっている部屋は中にひとがいることを示している。

とおくのほうでぼやけているひかりを見ると逆に不安になってさびしくなるのも本来ひかりに安心を感じるからだ。

しかしこれらは「くらやみによりそうひかり」だ。

そうではない過剰なひかりは夜が夜であることを失ってしまう。

わたしたちが地球という星にいることはひとが宇宙空間に飛び出したときから、誰もが持つ共有の知識となったが、それを実感することは難しい。

昼があり、夜がくることはいまのわたしたちが地球という惑星にいるという感覚をいつでもどこでも感じることのできる数少ない手がかりだ。

わたしはいつか、夜のくらやみがなくなってしまうことを恐怖している。

くらやみはひかりのひとつの状態だ。

ひかりは常に変化している。

いつでも変わらないひかりなんて、この惑星上にあるべきではない。

衛星都市

わたしの住んでいる町は千葉県北西部の典型的なベッドタウン。

早朝の上り電車はいつも満員だ。

ドーナツ化現象で穴の空いた都心への呼び戻しが活発化する中、こちら側もまた活発な都市開発が進んでいる。

わたしの住んでいる町では「奏の杜」というニュータウンがほぼ完成に近づいている。

この新しい町は高層マンション群と低層の戸建て地区、大きな公園、集合農地、複合サービス施設などによって成り立っている。

電線は地中化され、異国のような景観を作り出している。

駅からも近く、快速電車に乗れば東京まで30分とかからない。

この新たな都市の出現で人口は著しく増加した。

しかしどれだけ人がふえてもここはベッドタウン、また明日も都心へ働きに出るために十分な休息を取ることが第一に優先される。

加えて、小さな子供を抱える家族が大多数を占めているため、深夜帯は驚くほど静かだ。

整理された土地、美しくデザインされた街灯や噴水、昼間はこの新しい街に住む子供で賑わう公園、それらすべてがほんとうによく眠っている。

衛星の夜は眠るための夜なのだ。

わたしはそこを歩く。

わたしのためにつくられていない道を、わたしのためにつくられていない街灯に照らされながら。

ほんとうのいえ

私はいつからか街を徘徊するようになった。

気晴らしや暇つぶしといえるかもしれないこの徘徊は実のところ家から外にでるということが一番重要なことなんだと思う。

わたしは千葉県北西部のいわゆる衛星都市、ベッドタウンのマンションに家族と住んでいる。

わたしは一度だけ引っ越したことがある。

しかしそれは同じ町内での移動だった。

距離にして1キロほどだ。

わたしは生まれてから今までずっとこの街に住んでいる。

それはつまりどこへ行ってもここへ帰ってくるということだ。

この家というところに守られ、縛られてきた。

なんとかうまくやってきたつもりだったが日に日に徘徊の頻度は増していった。

そのうち写真を撮るようになった。

無意識に撮られていく写真は家にまつわるものが多くなった。

生垣、門、屋根、窓、庭…

家に帰って夕飯を食べたあと、または帰るまでの道を延長して徘徊していたため、写真は夜の風景が多かった。

この延長された帰り道で行われる徘徊と撮影はいつか帰る場所を探しているようだった。

よその家から漏れるひかりはわたしを強烈に吸い寄せ、次から次へとひかりに誘われてさまよった。

マンション暮らしのわたしはとりわけ家の緑の部分に憧れを抱いた。

整えられた生垣、無造作に置かれた鉢植え、大きく育った立木、夜のひかりに照れされたその緑色にわたしはとりつかれた。

わたしの部屋にも少しでも緑を増やそうと、気に入る小さな植物を見つけては買って持ち帰った。

わたしのこころが安まる場所は人もまばらになった深夜の住宅街だけだった。

歩き回りながら人の家を眺めて気に入れば写真を撮る。

この行為を連続する中でわたしはほんとうのいえというものを強くこころに描き始めた。