ほんとうのいえ

私はいつからか街を徘徊するようになった。

気晴らしや暇つぶしといえるかもしれないこの徘徊は実のところ家から外にでるということが一番重要なことなんだと思う。

わたしは千葉県北西部のいわゆる衛星都市、ベッドタウンのマンションに家族と住んでいる。

わたしは一度だけ引っ越したことがある。

しかしそれは同じ町内での移動だった。

距離にして1キロほどだ。

わたしは生まれてから今までずっとこの街に住んでいる。

それはつまりどこへ行ってもここへ帰ってくるということだ。

この家というところに守られ、縛られてきた。

なんとかうまくやってきたつもりだったが日に日に徘徊の頻度は増していった。

そのうち写真を撮るようになった。

無意識に撮られていく写真は家にまつわるものが多くなった。

生垣、門、屋根、窓、庭…

家に帰って夕飯を食べたあと、または帰るまでの道を延長して徘徊していたため、写真は夜の風景が多かった。

この延長された帰り道で行われる徘徊と撮影はいつか帰る場所を探しているようだった。

よその家から漏れるひかりはわたしを強烈に吸い寄せ、次から次へとひかりに誘われてさまよった。

マンション暮らしのわたしはとりわけ家の緑の部分に憧れを抱いた。

整えられた生垣、無造作に置かれた鉢植え、大きく育った立木、夜のひかりに照れされたその緑色にわたしはとりつかれた。

わたしの部屋にも少しでも緑を増やそうと、気に入る小さな植物を見つけては買って持ち帰った。

わたしのこころが安まる場所は人もまばらになった深夜の住宅街だけだった。

歩き回りながら人の家を眺めて気に入れば写真を撮る。

この行為を連続する中でわたしはほんとうのいえというものを強くこころに描き始めた。