読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

はだかのいえ

住宅街を歩きながら、よその家の写真をとりつづけていて最近ようやく気づいたことがある。

主に三角屋根の平屋が好きでよく目がいくが、家の周りには必ず塀や生垣や門がある。

今まで特に気にならなかったのはそういった家の周辺の構造物も好きだったからだ。

しかし最近になって、なんの障害のない家のかたちが見たいと思うようになった。

からだだけのはだかのいえ。

わたしの主な活動範囲である都市部ではなかなかそんな家は見つからない。

この間植物園にいったときに多くの聞きなれない鳥の声を聞いた。

姿は見えないが鳴き声や羽音は騒がしいほど聞こえた。

鳥の多くは木に巣をつくる。

木の上のように高いところは外敵も少なく、幹を覆う葉は風や雨から鳥を守るからだ。

木は鳥にとっての家だということを、姿を見せない鳥が思い出させてくれた。

話を戻すと、毎日のように見たいと思っていたはだかのいえをわたしは毎日のように見て、家と同じかそれ以上の頻度でカメラに収めていたということに気づいた。

その気づきからわたしのなかで木と家はよりいっそう近しい存在になりはじめた。

しかし、家を見るように木を見て、木を見るように家を見ると、家が土地のなかに建ち、庭や塀を持っていることが前よりも気になりだした。

内的空間をつくるための壁や屋根をなぜもう一層かくさなくてはならないのだろう。