「あなた」のない国

「ボロボロの家」という言葉をGoogle検索にかけてみると、否定的な意見がズラッと出てくる。

肯定的かなと思った意見も、他のことの方が大事だから我慢しなさいというようなものばかり。

僕が家というものに固執しているのは資本主義の価値観が極めて影響しやすいものだからかもしれない。

日本のDIY感にちょっとズレを感じていたのもたぶんこの辺で、僕が感じていたDIYの魅力は自分の美意識に準じていちからつくりあげることができることだった。

僕はなぜか簡素で素朴でみすぼらしいものが好きだ。

古い軽トラを手にしたことも、その荷台につくっている小屋がちゃんとしていないのも、僕がいいと思ってやっている。

しかし日本でいわれている普通のDIYはみすぼらしいものを安価で資本主義的な価値観に沿ったきれいなものに取り繕う、というような印象を受ける。

そんなのなんにもおもしろくない。

個人がつくるという喜びも美しさもなんにもない。

自分だけに必要なことを見つけだすことはどうしてもこんなに難しいことになってしまったのだろう。