寄りそう

私は小さいころからゆうれいやら妖怪の類が好きで、図鑑や子ども向けの本なんかをずっと眺めて、気に入ったものがあれば絵を写して母親に見せに行ったりしていた。
五年前、芸術大学に入学して、作品制作を始めた。
そのころからふとそういったものたちについて調べだすようになった。
身近にゆうれいが見える人はいないかと聞きまわって、友人が紹介してくれた方に何度も話を聞いたり、実際に街を歩いてまわって取材したりもした。
最近、自分の絵を眺めているときに、そのとき聞いたことをひとつ思い出した。
その方は「ゆうれいは居心地のいい場所にいる。それは大体何かものがある場所、その側にいることが多い。」と言っていた。
その時は深く考えることもなかったけど絵をじっと見ていたら、なぜゆうれいは何かの側にいるのかということがわかりはじめてきた。
ゆうれいはこちら側からすれば存在が不確かなもので、観測できる人がいなければ視線を向けられることもない。
いま描いている絵も同じで、視線を集めるような画面ではない。
だから観測がとても難しい。
どうしたらよいかと考えているうちに、なにか視線が向くようなものの側に、それが居心地のいい場所に置けばよいのではないかという考えに至った。
ゆうれいは見えない。
でもなにか視線を集めるようなものの側にいれば、視界に入ることはできる。
そうして存在の不確かさを補っているのではないか。
そんなことを数年越しに理解した。